グノーシス神話
 すべての存在に先駆け、至高の存在(原父=プロパトール=ビュトス)があった。彼は永遠であり、不滅の存在である。命の光、霊的な泉のなかにある彼は、あるとき、泉に映る自分の姿を認識した。認識は思考へとつながり、彼の思考が姿形を得て彼の前にあらわれた。そこから完全な光の似姿である最初のアイオーン(モノゲネース、アレーテイア、ロゴス、ゾーエー)が流出した。
 男女の対になっているアイオーンたちは、両性具有性を実現していた。アイオーンは、自分たちが見ることのない「知られざる先在の父」の榮光のため流出されたことを、あるとき自覚した。そして自分たち自身もまた、流出を行い、「先在の父」の榮光を讃えようと意図した。ロゴスとゾーエーは、「アントローポス」と「エクレーシア」を流出し、上位プレーローマ界をオグドアス形成した。
http://www.joy.hi-ho.ne.jp/sophia7/t2-triak.html

 またロゴスとゾーエーは、「ビュティオス」と「ミクシス」の対に始まる、五組、十体のアイオーンを流出し、これが「デカス(十組系)」を構成した。
 一方、アントローポスとエクレーシアもまた、「パラクレートス」と「ピスティス」の対に始まる、六組、十二体のアイオーンを流出し、これが「ドーデカス(十二組系)」を構成してゆく。また、この存在流出の最後にあって、ピスティス(信)は、不死の存在たちの中に、自分の姿に似せてソピアー(知恵)を生み出した。
 最初の事件は第三十アイオーンである、「ソピアーSophia」が、彼女の伴侶アイオーン・テレートスの合意なしに、「知られざる父=ビュトス」の本質を認識しようとする知識欲に駆られた結果起こってしまった。ソピアーは自己の「至高純粋性」を喪失し、プレーローマから落下した。これにより、「中間世界」が生成することとなった。

 ソピアーは、向こうとこちらの世界とを隔てるベールのような働きをする、原初の光となった。この光の領域の外側にあるものは力、すなわち、原初の海を含んだ暗い深淵を支配する影、果てしないカオスがあった。
 この支配者(闇=カオス)は、自分より力の勝る何者かが存在することに当惑した。そして光と闇の交わった部分から、まるで霊の宿らない、流産した子供のような別の力、嫉妬が生み出された。
 ソピアーは子が大変に醜い、ライオンのような外見であったので、その子を光の世界の外に投げ捨てた。彼女は光の雲でその子を覆い、ヤルダバオトと名付けて、他の者の目に触れぬようにした。これが第1のアルコーンの生誕である。
 ピスティスはこの成りゆきに当惑するが、この霊の宿らない子を制するには、実質を与えなければならないと考えた。ピスティスは自分自身に似せて実質を作り、原初の支配者とし、すべてを統治させることにした。

 しかしやがて支配者は、ピスティス/ソピアーを自分の全能を映し出すただの影だと思い込んだ。自分以外に存在する者は何もないと考え、無知で傲慢になってしまった。ピスティス/ソピアーはヤルダバオトのひどい思いあがりに、彼をサマエル(盲目の神)と呼んで非難した。
 サマエルは姿なき者たちの声に憤怒し、その声を追いかけ原初の海の深淵に至った。そこで物質の世界が生まれ、精霊ピスティス/ソピアーは、〈カオス〉の七つの天(サマエルの息子たち)をはらんだ。
 やがて、七人(または十二人)のアルコーンが生まれ、さらに365人の暗黒のアルコーンが、盲目の神によって作りだされた。彼は自ら作り出したと思しき世界を支配し、自分を最高の神と考えるようになった。彼は言った。「私は妬む神である。私のほかに神はいない」

 サマエルは、土をかたどり、人間を創造しようと考えた。支配者は男に息を吹きこんで魂を与えるが、それに命を与えるだけの力はなかった。この様子を眺めていたピスティス/ソピアーは、支配者らの無力を知ると、地上に降り、男に自分の精霊をしみこませ、アダマーと名づけた。支配者らは、この男に地上に存在するすべての動物たちを任せて名前をつけさせ、楽園に置いてそこを耕し守らせた。
 しかし最初に神はこの男に言った。「木になる実はどれを取って食べても良いが、善悪を知る木からはいけない。もしもそれを食べたなら、お前は死んでしまうだろう。」
 またサマエルとアルコーン達は、男の伴侶たる人間も作り出そうと考え、原初の海の中で見た母の姿に似せた型を作った。アダマーをぐっすりと眠らせ脇腹をあけ、ピスティス/ソピアーの精霊を取り出し、これを女の中に入れ、名をイーバと付けた。

 しかし、支配者らはその由来を知らず、精霊を授けられた女が自分たちの母と同じであることにひどく狼狽した。彼らは女の力を消してしまおうと、自らの精液で女をはらませようとした。が、ピスティス/ソピアーの精霊はヘビとなってイーバの体から抜け出し〈善悪を知る木〉と逃れた。一方、支配者らは精霊の抜けたイーバに恋いこがれ、彼女と一夜を共にした。が、それはまったく霊の抜けた、ただの虚像だった。
 アダマーとイーバは、「生き物の中で最も賢きもの」である師によって〈善悪を知る木〉から実を取って食べる気にさせられた。こうして最初の人間アダマーとイーバは、この知恵から、”光と闇”の違いを知るようになった。サマエルは女と蛇を呪い、男と女を楽園から追放して、命のある限り地を耕し病に苦しみ続けるよう言いわたした。
 イーバはカインとアベルを生み、次にセツを生み、娘のノレアを生む。支配者らはノレアをなんとか犯そうとしたが、できなかった。ノレアの子供たちから、人間はどんどん増えて賢くなっていった。

 邪悪なアルコーン達にはこれが気に入らなかった。「彼らを洪水によって滅ぼそう」とアルコーン達は協議した。ヤルダバオトの子の一人サバオトはこれに気付き、セツに箱船を作って逃げるように言った。アルコーン達が、セツの妹で妻でもあるノーレアに求婚に来たが、偉大なる天使エレレトのおかげで難を逃れ、彼らは洪水も乗り切った。
 そこでイーバは天使に、支配者らはどこからやってきたのかとたずねた。エレレトは答えた。
 不朽なる者ピスティス/ソピアーは、光のベールが目に見えるものと見えないものとを隔てる無限の世界に住んでいる。かつて彼女は闇との境界に一つの力を生み出すが、それは光の中の影のような姿となった。その力は両性具有であり、独力で万物を創造した。しかし力は、自分がこれまでに存在した最初で唯一のものだと信じていたから、とても傲慢になっていった。ここでピスティス/ソピアーは姿を現し、力をカオスの中へと追いやった。そこで力は七人の両性具有の分身を創造し、再び自分こそが唯一の神だと主張した。これを聞いたピスティス/ソピアーは、娘のゾエー(生命)に、力をヤルダバオトと名指し、愚か者と罵らせた。ゾエーが吐き出した炎の天使はヤルダバオトを縛り、タルタロスの中に投げこんだ。

 ヤルダバオトの子の一人サバオトは、天使の力を見て悔いあらため、ピスティス/ソピアーに思誠を誓うことにした。お返しに彼女はそれに応えて、サバオトに七番目の天を任せ、ゾエーを、彼の右手に座り八番目の天について教えるために与えた。
 自分の息子が取りたてられているのを知って怒り狂ったヤルダバオトは、〈妬み〉を生み、続いて〈死〉を生んだ。〈死〉は子を増やし、とうとうカオスの天はその子供たちでいっぱいになった。
 書き手の説明によると、カオスの占める領域が正確に定められるように、すべてが父の手によってこのように定められたという。

 人間は、 「霊(プネウマ Pneuma)」「心魂(プシュケーPsykhee)」「肉(サルク ス Sarks)」より構成され「心魂」と「肉」は、サマエルやアルコーンたちの創造になる もので、この不完全な宇宙と同じ性質を持っており、即ち、不完全で、悪で あり、また永遠的でなく、可壊で、地上に腐敗し滅び消滅する定めにあるとされます。プレーローマ或い は天上世界に対応するのが「霊」であり、これこそ、 「人間の本来的本質」であり、不滅であり永遠世界に属し、「悪よりの解放」 の原理を裡に含むものであるとされます。
 グノーシス主義では、人間は最初から三種類に分かれており、それ ぞれ生まれた時より「運命」が定まっているとされます。即ち、「質料的・物質的人間」と「霊的人間」、そして「心魂的人間」です。「質料的人間」には「救済」はなく、「霊的人間」は、最初から「救済」に与れることが予定され ており、「心魂的人間」は、その行いや、「認識・覚醒」に応じて、救済され るか否かが、決定されるとします。
「グノーシス(Gnoosis) =叡智・認識・知識」を人(の魂)がどれだけ熟知しているか、真の神(アイオーン)と偽の神(アルコーン)の対立になる、この全世界の構造をどれだけ覚知し 認識しているかと云うことが、救済の与件となります。
http://www.joy.hi-ho.ne.jp/sophia7/sop-gnos.html